阿賀野市・歴史・観光

  新潟県:歴史・観光・見所(ホーム)>阿賀野市
新潟県・見所
 ・ 新潟市
 ・ 村上市
 ・ 胎内市
 ・ 阿賀野市
 ・ 阿賀町
 ・ 加茂市
 ・ 五泉市
 ・ 燕市
 ・ 三条市
 ・ 見附市
 ・ 長岡市
 ・ 弥彦村
 ・ 柏崎市
 ・ 上越市
 ・ 糸魚川市
 ・ 妙高市
 ・ 新発田市
 ・ 小千谷市
 ・ 十日町市
 ・ 南魚沼市
 ・ 魚沼市
 ・ 出雲崎町
 ・ 関川村
 ・ 古民家住宅
 ・ 城郭
 ・ 神社:建築
 ・ 寺院:建築
 ・ 近代建築(洋館)
 ・ 五頭温泉郷
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
阿賀野市・歴史・観光・見所
阿賀野市概要: 阿賀野市は古くから中央の繋がりがあった地域で大和朝廷の地方出先機関である官衙と推定される遺物が旧笹神村発久遺跡から発見されています。平安時代末期からは現在の阿賀野市全域が含まれるという白河荘が皇嘉門院(藤原聖子)の荘園として認められ、鎌倉時代からは大見氏が地頭として引き継ぎます。大見氏は安田氏と姓を変えこの地に土着し国人領主として勢力を伸ばしますが戦国時代末期になると揚北衆(北越後の国人衆)として長尾氏に次いで上杉謙信、景勝に従属します。上杉景勝が居城を春日山城上越市)から鶴ヶ城(会津若松市)へ移すと安田氏もこれに従いこの地を去り、阿賀野市一帯は村上藩に属します。村上氏、堀氏と藩主が変わり寛永16年(1639)に先代藩主堀直寄の次男の直時に3万石を分地したことで安田藩が立藩します。しかし、正保元年(1644)に直時の嫡子直吉が村松へ配置換えになると安田藩は廃藩となり新たに村松藩が立藩されます。その後、阿賀野市周辺は天領となり延享3年(1746)には水原代官所が設けられ明治維新まで代官所支配が続きます。歴代の代官の人数は22代を数え石高は5万石から10万石を領し下越後の新田開発や年貢の徴収、隣接する外様大名の新発田藩、村上藩の監視、情報収集などを行いました。慶応4年(1868)から会津藩預かりとなりますが新政府軍の侵攻により会津藩は撤退し水原代官所は廃されます。新たに越後府が設置され越後の中心としての役割をもちますが明治3年にこれも廃止されました。
阿賀野市
阿賀野市 阿賀野市 阿賀野市 阿賀野市
阿賀野市:観光・見所
水原代官所
阿賀野市:水原代官所
水原代官所
越後府跡
阿賀野市:越後府跡
越後府跡
無為信寺
阿賀野市:無為信寺
無為信寺
安田城
阿賀野市:安田城
安田城
八幡神宮
阿賀野市:安田八幡神宮
安田八幡神宮
孝順寺
阿賀野市:孝順寺
孝順寺
吉田東伍家
阿賀野市:吉田東伍生家
吉田東伍生家
観音寺
阿賀野市:観音寺
観音寺
福隆寺
阿賀野市:福隆寺
福隆寺
華報寺
阿賀野市:華報寺
華報寺
艦洞寺
阿賀野市:艦洞寺
艦洞寺
西福寺
阿賀野市:西福寺
西福寺
神明宮
阿賀野市:神明宮
神明宮
安田町並み
阿賀野市:安田町並み
阿賀野市安田町
火除土手
阿賀野市:火除土手
火除土手
優婆尊
阿賀野市:優婆尊
優婆尊
旧村松駅舎
阿賀野市:旧村松駅舎
旧村松駅舎
安田診療所
阿賀野市:旧安田診療所
旧安田診療所
旧板井医院
阿賀野市:旧板井医院
旧板井医院
五頭温泉郷
五頭温泉郷:歴史・観光・見所
五頭温泉郷
出湯温泉
出湯温泉:歴史・観光・見所
出湯温泉
村杉温泉
村杉温泉:歴史・観光・見所
村杉温泉
今坂温泉
今坂温泉:歴史・観光・見所
今坂温泉
笹岡城
笹岡城
笹岡城
旦飯野神社
旦飯野神社
旦飯野神社
長楽寺
長楽寺
長楽寺
徳昌寺
徳昌寺
徳昌寺
 
白
 
 
白
 
 
白
 
住宅設計

 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「新潟県:歴史・観光・見所>阿賀野市」は「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」、「郷土資料辞典:新潟県」、「日本の城下町:甲信越」、「有限会社建築相談センター」、を参考にさせていただいています。