伊米神社(小千谷市)概要: 伊米神社は新潟県小千谷市桜町に鎮座している神社です。伊米神社の創建は不詳ですが、越後を開発した天香語山命(越後では弥彦神社や魚沼神社の祭神)が上伊米の地に立った事を由来として分霊が勧請されたのが始まりとされ、その際、祭神は当地域に製鉄の技術を伝承したとし鍛冶ヶ沢の地名が残されています。(又、一説には船岡山に石凝登売命が降臨し、命の分霊が勧請されたとも)。
延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された伊米神社又は魚沼神社の論社として古くから信仰されていました。ただし、式内社伊米神社には論社が複数あり、魚沼市虫野に鎮座する諏訪神社と魚沼市四日町に鎮座する諏訪神社、魚沼市小出島に鎮座する清水河辺神社、南魚沼市大里に鎮座する一宮神社がそれぞれ由緒としています(魚沼神社の論社も当社を含め複数あります)。
当社はその後、下伊米に遷座、そして現在地である伊米ヶ原に再遷座し、何時しか当地区に鎮座していた八幡宮が合祀された事で八幡宮と呼ばれるようになりました(逆に八幡宮に合祀されたとも)。八幡宮の創建は平安時代後期、源義家が当地の賊との戦いで苦戦し八幡神に念じたところ、何とか命が救われた事から社殿を造営し自らの守り本尊(八幡神)を安置したのが始まりと伝えられています。康平7年(1064)、奥州での前九年合戦の際、義家は戦勝祈願をすると見事念願成就した事から広大な社領を寄進し2人の家臣を残して守護させたそうです。
当時の社領は広大だったようで現在でも周辺には一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮、阿弥陀堂など伊米神社と関連があったと思われる地名が残されています。伊米神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、妻入り、桁行4間、張間4間、正面1間切妻向拝付き、外壁は真壁造板張り。本殿は一間社流造、銅板葺き、外壁は真壁造板張り。祭神:天香語山命。相殿:誉田別命。ただし、「神名帳考證」によると祭神は稲魂女、「大日本史神祇志」によると祭神は伊米大神 (天香山命別魂)、相殿は天香山命。
伊米神社:上空画像
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