三条市: 本成寺

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本成寺
本成寺
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本成寺 本成寺 本成寺 本成寺
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概要・歴史・観光・見所
本成寺(三条市)概要: 本成寺の創建は永仁5年(1297)に当時の領主山吉定明、長久父子の招きにより日印上人が開山したのが始まりとされます。当初は青蓮華寺と称していましたが正和3年(1314)、日朗上人を初祖とした長久山本成寺に寺号を改めています。南北朝時代に住職となった日陣は京都に本禅寺を別院として創建し、以後、本成寺は日陣門流の中心的な存在となり、領主山吉氏から寺領300石を安堵されるなど庇護された事で日蓮宗の根本道場として寺運が隆盛し、現在も尚七堂伽藍に塔頭十院(要住院、本照院、久成院、蓮如院、持経院、顕性院、一乗院、本高院、静明院、寿妙院)を擁しています。明治時代に入ると、日蓮門下の諸門流は日蓮宗にまとめられましたが、根本的な信仰が異なった事から日蓮宗一致派と日蓮宗勝劣派に分裂し、本成寺は勝劣派は入ったものの、さらに分裂が進み、羽陽曲折の末、昭和26年(1951)に法華宗陣門流を称し本成寺はその総本山となっています。又、江戸時代末期の名彫刻家として知られた石川雲蝶の作品が見られる事でも有名で惜しくも本堂は明治26年(1893)に焼失しましたが本成寺の支院には雲蝶作の彫刻が数多く存在し三条の酒井家に婿養子に入った縁で墓碑も建立されています。例祭の1つである「本成寺鬼踊り」は毎年2月3日に行われる行事で、室町時代、当地に盗賊が横行し悪行の限りを尽くした為、本成寺の僧兵と村人が協力し成敗した故事を節分の豆撒き行事とを合わせた特殊行事として知られています。宗派:法華宗陣門流。本尊:三宝尊。

本成寺の境内には古建築物が多く、三門、黒門、鐘楼、多宝塔、本成寺千仏堂が文化財指定されています。三門は天明6年(1786)に建立された五間三戸、入母屋、瓦葺き、二重門、楼上には傅大士坐像(像高92cm、檜材、寄木造)、普建立像(像高81cm、檜材、寄木造)、普成立像(像高82cm、檜材、寄木造)が安置されています。本成寺三門は江戸時代中期に建てられた新潟県内では最大級の楼門建築として貴重なことから平成4年(1992)に新潟県指定重要文化財に指定されています。西方に建つ黒門は寛永19年(1642)に旧三条城が廃城になった際に本成寺に移築されていたもので三条城唯一の遺構として貴重な事から平成24年(2012)に三条市指定文化財に指定されています。

本成寺の文化財
 ・ 三門(山門・附:軒札2枚)−天明6年−入母屋、五間三戸、二重楼門−新潟県指定文化財
 ・ 黒門−江戸時代中期−切妻、桟瓦葺、一間一戸、薬医門−三条市指定文化財
 ・ 鐘楼−宝暦8年〜明和年間−入母屋、桟瓦葺、袴腰付、花頭窓−三条市指定文化財
 ・ 多宝塔−明和年間−木造二層塔、宝形造、銅瓦棒葺、二間四方−三条市指定文化財
 ・ 本成寺中世文書(8巻48通)−鎌倉時代〜安土桃山時代−三条市指定文化財
 ・ 木造傅大士坐像及び普建・普成立像−江戸時代中期−三条市指定文化財
 ・ 本成寺千仏堂−文化10年−六角堂、桟瓦葺−三条市指定文化財

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