親鸞聖人清水(弥彦村)概要: 案内板によると「 浄土真宗の開祖親鸞上人が越後国配流中、弥彦神社に参拝して、当家に宿泊し家人の水に苦しむを憐み所持の杖で家の裏の地をついたら此の清水が湧き出たと伝えられる。尚、同上人参拝の折、次の歌を詠んで神助を祈ったという。 "願はくは都の空に墨染の 袖吹き返せ椎の下風" 弥彦村教育委員会 」とあります。
親鸞聖人は「承元の法難」により承元元年(1207)に越後の国府(現在の上越市)に流され軟禁状態となりました。建暦元年(1211)に許されたものの、師である法然の死を知った事で京に帰る理由を失い、常陸国に旅立つ間、越後に留まり布教活動を行ないました。越後国一宮とされる弥彦神社参拝もそのような背景から行なわれ、親鸞は当時の庄屋である林部四郎左衛門宅に宿泊したと伝えられています。
水不足の為、家人は遠い川から水を汲み親鸞の世話をした事から、哀れと感謝の意から井戸を掘り当てたと思われます。村人達はこの井戸に「聖人清水」と名付け、現在に至るまで長くの間守り続けています。
親鸞聖人清水:上空画像
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-弥彦村教育委員会
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