新発田市: 宝光寺

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概要・歴史・観光・見所
宝光寺(新発田市)概要: 広沢山宝光寺は 新潟県新発田市諏訪町2丁目に境内を構えている曹洞宗の寺院です。宝光寺の創建は不詳ですが天正11年(1583)、溝口秀勝が丹羽長秀の与力大名として加賀大聖寺領(現在の石川県加賀市)4万4千石が与えられた際、諦応寺の僧侶雪崗全林を招いて開創し師である雪堂元初大和尚を開山者としたのが始まりと伝えられています。慶長3年(1598)、秀勝が新発田領6万石で入封すると当初、五十公野で仮陣屋にて政務を執った為、その付近に境内が移され、新発田城が完成後に現在地に移されました。当初は大麟寺と称していましたが、慶長15年(1610)、秀勝が死去すると菩提が葬られ秀勝の戒名「寶光寺殿前伯州太守性翁淨見大居士」から寺号を浄見寺に改称し以後、歴代新発田藩主溝口家の菩提寺として庇護されます。宝永6年(1709)、五代将軍徳川綱吉が死去すると法名が「常憲院殿」と称した為、遠慮し寺号を「宝光寺」に改めています。藩主の菩提寺として庇護された事で寺運が隆盛し領内曹洞宗の触頭として末寺12カ寺を擁しました。

宝光寺山門は弘化2年(1845)に再建されたもので三間三戸、入母屋、瓦葺き、2層目に高欄を廻す2重門で、花頭窓が見られるなど禅宗様式が見られます。宝光寺山門(附:棟札・山門絵図)は江戸時代後期に建てられた数少ない2重楼門の遺構として貴重なことから昭和50年(1975)に新発田市指定有形文化財に指定されています。宝光寺経蔵は寛政2年(1790)に造営されたもので、木造平屋建て、重層宝形造、銅板葺き、桁行3間、張間3間、外壁は真壁造り板張り、内部に八角輪蔵設置、面積45.5u、江戸時代後期の経蔵建築の遺構として貴重な事から平成27年(2015)に新発田市指定文化財に指定されています。境内背後の墓地には溝口家の墓碑(37基)が建立され平成21年(2009)に新発田市指定史跡に指定されています。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼仏。

宝光寺の文化財
・ 山門-弘化2年-入母屋、桟瓦葺、三間三戸、二重楼門-新発田市指定文化財
・ 経蔵-寛政2年-重層宝形造、銅板葺、内部に八角輪蔵-新発田市指定文化財
・ 新発田藩歴代藩主肖像画(12幅)-江戸時代-新発田市指定文化財
・ 木造地蔵菩薩立像(勝軍地蔵)-鎌倉-像高170p、寄木造-新発田市指定
・ 木造阿弥陀如来立像-鎌倉時代-像高90p、寄木造-新発田市指定文化財
・ 新発田藩版の版木(1192点)-江戸時代初期-新発田市指定文化財
・ 新発田藩主溝口家墓所(1157u・37基)-江戸時代-新発田市指定史跡

宝光寺:写真

宝光寺
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