小千谷市: 真福寺(池津観音)

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概要・歴史・観光・見所
真福寺(小千谷市)概要: 池景山真福寺は新潟県小千谷市片貝町に境内を構えている真言宗豊山派の寺院です。真福寺の境内に祀られている池津観音堂の創建は大同元年(806)、当地の住民で信心深い1人老人の霊夢に龍神の化身が立ち「池の畔に金色の観音像があるので探して欲しい。そして、近くにある霊木から一尺八寸の正観世音を彫り込み胎内佛として末永く祀って欲しい。」と告げました。老人は早速、龍神に告げられたように池を訪れと眩い光放つ観音像と芳しい香りのする霊木を発見し、以来、村人達から長く守られてきました。建久2年(1192)、当地に配された阿部太郎が津観音の別当として祭祀を司り、以後、阿部家が別当職を歴任し、天正6年(1578)、石黒忠朗(上杉家家臣)がこの地に配されると真福寺を自らの菩提寺として再興し、池津観音の別当も兼ねるようになりました。延宝元年(1673)、火災により観音堂と本尊が焼失し悲観に暮れていると不思議と灰の中から聖観音像が出現し、その話しを聞いた洛陽三宝院御門主は胎内仏を彫り込み聖観音像の中に収めたそうです。

現在の真福寺観音堂は江戸時代中期の安永5年(1776)に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、鉄板葺、平入、桁行3間、梁間2間、正面1間向拝付、外壁は真壁造板張り、向拝欄間には龍と波、木鼻には龍、手狭には獅子などの彫刻、正面外壁には「大悲閣」の扁額、棟梁は長岡出身の高木甚兵ヱが手懸けています。真福寺仁王門は弘化2年(1849)に建てられたもの入母屋、銅板葺、三間一戸、桁行3間、張間1間、八脚単層門、左右には仁王像一対(阿形像・吽形像)安置、棟梁は片貝町出身の吉井伝八が手懸けています。真福寺本堂は木造平屋建て、寄棟、鉄板葺き、平入、桁行8間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ。越後三十三観音霊場第14番札所(本尊:正観世音菩薩・御詠歌:かぜかおる 池津の寺に きてみれば み手のはちすの 花もさきけり)。越後八十八ヶ所霊場第71番札所。山号:池景山。宗派:真言宗 豊山派。本尊:大日如来。

真福寺(池津観音):写真

真福寺境内正面に設けられた山門と石造寺号標
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真福寺観音堂(大悲閣)の外壁正面 真福寺観音堂(大悲閣)向拝に施された龍や獅子の彫刻 真福寺参道から見た本堂正面 真福寺参道に安置されている石仏群
真福寺観音堂に掲げられている「大悲閣」の扁額 真福寺山門から見た境内 真福寺山門に安置されている仁王像(阿形像) 真福寺山門に安置されている仁王像(吽形像)


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