阿賀町: 新善光寺

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概要・歴史・観光・見所
新善光寺(阿賀町)概要: 佛光山称応院新善光寺の創建は建久元年(1190)に尾張国(現在の愛知県)甚目寺出身の沙門定尊聖人が開山したのが始まりと伝えられています。当初は蒲原郡小川庄西村(現在の阿賀町西)にあり境内には七堂伽藍が整備されてましたが貞治元年(1362)、感誓和尚(神奈川県鎌倉市に境内を構える光明寺、又は茨城県坂東市に境内を構える高声寺の住職唱名上人の高弟)により再興され現在地に境内を移しています。戦国時代の兵火により一時衰微しましたが永正年間(1504〜1520年)に岌天和尚(高声寺8世岌伝の高弟)が再興し浄土宗鎮西派藤田流の中心的な寺院として寺運も隆盛し、岌天の跡を継いだ岌州は京都知恩寺30世に抜擢されています。戊辰戦争では桑名藩主松平定敬(会津藩主松平容保の実弟)の宿営地となり境内には会津白虎隊士 藤森八太郎の墓や津川姿見著者 田崎留右衛門富修の墓などが建立されています。本尊は善光寺(長野県長野市)の本尊を定尊聖人が模して刻み込んだものだと言われています。福海観音堂に祀られている石造観音菩薩像(阿賀町指定文化財)は元禄6年(1693)に新潟沖で沈没したもので、上半身と下半身別々の場所で引き上げられ祀られていたものを平成元年(1989)に当寺に寄進されました。元々当時の住職だった品誉上人の息災を祈り二人の弟子が福井県の西光寺から搬送したもので出立から到着まで296年かかったことになります。正面には大きな鐘楼門は、入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚門、下層部には仁王門が安置され上層部の外壁は吹き放しで釣鐘堂になっています。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀仏。

新善光寺:写真

新善光寺
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