阿賀町: 護徳寺観音堂

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概要・歴史・観光・見所
護徳寺(阿賀町)概要: 護徳寺の創建は室町時代後期の永正年間(1504〜1521年)に当時の会津領主だった芦名氏が念持仏を祀ったのが始まりとされています。一時荒廃しますが芦名盛滋の代に宥円に命じて再興開山しています。現在の護徳寺観音堂は弘治3年(1557)に建てられたもので、木造平屋建、寄棟、茅葺屋根、平入、桁行3間、梁間3間、外壁は真壁造り素木板張、意匠や組物などから室町時代の建築様式を今に伝えています。護徳寺は芦名氏が伊達政宗の侵攻により衰退した事で庇護者を失いますが、江戸時代に入ると会津藩(藩庁:鶴ヶ城・福島県会津若松市)の藩主の松平家から庇護され、宝暦3年(1753)、天明5年(1785)、寛政10年(1798)、文化5年(1808)とそれぞれ藩費で堂宇が改修されています。

護徳寺の前面は越後街道(会津街道:鶴ヶ城下と日本海側を結ぶ街道。)が通っていたこともあり多くの人々が参拝に訪れており、観音堂の内壁には参拝者が書き残した多くの落書きが書き込まれています。中には天正17年(1589)に伊達氏に敗れた芦名氏の家臣33名がこの地まで落ち延び墨書を残すなど歴史的価値のあるものもあります。観音堂の内部にはある厨子に安置されている「聖観世音菩薩」は別名「子育て観音」として信仰の対象となっていますが秘仏として普段は見ることは出来ません。護徳寺観音堂は室町時代後期に建てられた仏堂建築の遺構として大変貴重なことから昭和38年(1963)に国指定重要文化財に指定されています。宗派:真言宗豊山派。本尊:聖観世音菩薩像。

護徳寺の文化財
・ 護徳寺観音堂-弘治3年、寄棟、茅葺、三間四面-国指定重要文化財
・ 木造地蔵菩薩立像-室町時代、像高76.6p、一木造-阿賀町指定文化財
・ 木造聖観音菩薩立像-室町時代、像高82p、桂材、一木造-阿賀町指定文化財

護徳寺:写真

護徳寺
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