将軍杉

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概要・歴史・観光・見所
将軍杉(阿賀町)概要: 将軍杉は平等寺境内に立つ巨木で、伝説によると余五将軍平維茂将軍杉将軍杉(養父である平貞盛は数多くの有能の人材を養子に迎え、維茂は15番目の養子だった事から余五将軍と呼ばれた。)が亡くなり遺骸を葬った後目印として植えたと伝えられています(維茂は猛将として知られ、信濃守の際には戸隠山に巣くう鬼女紅葉を征伐し、その傷が原因となり死去。遺骸は維茂と縁のある北向観音(長野県上田市別所温泉)近くの将軍塚に葬られたと伝えられています。当地では阿賀野川で下ってきた維茂が金色に光る観音像を発見したことから神意と悟り、平等寺薬師堂を建立し永住したと伝えられています)。又、他の伝説では、後年、阿賀野川舟運で栄えた住民達が新たな帆掛け舟を平等寺の将軍杉で造船しようと計画した翌日、不思議な事に杉は枝下まで沈み切り出す事が出来なくなってしまいました。住民達は維茂の祟りと恐れ戦き、伐採計画を中止し、将軍杉を信仰の対象として長く保護したと伝えられています。平等寺の将軍杉の推定樹齢は1400年を数え、その名声から寛文8年(1668)に初代会津藩主保科正之が余五将軍平維茂の墓碑(「鎮守府将軍平維茂碑並銘」※碑文は江戸時代前期の儒者で林羅山の三男である林鵞峯)を建立しています。根本から6本の大枝が分かれていて中央部分は昭和36年(1961)の室戸台風により失われましたが幹周り19.31メートル、樹高約40メートルは日本最大級の杉とされています。将軍杉は大変貴重なことから昭和2年(1927)に国指定天然記念物に指定されています。

将軍杉(平維茂の墓碑):写真

将軍杉
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