妙高市: 斐太遺跡

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概要・歴史・観光・見所
斐太遺跡(妙高市)概要: 斐太遺跡は弥生時代末期から古墳時代初期にかけて造られた集落跡で、集落を囲むように環濠が掘られています。環濠があり外敵から集落を守る設備があるということは、逆に周囲に同様な集落があり抗争していたとも考えられ、標高70〜80mの小高丘の上にあるのも防衛的な要素があったのかも知れません。又、弥生時代後期には「倭国大乱」と呼ばれる日本全域が不安定な世情だった事から特に西日本では高地性集落と呼ばれる、生活には不便な山の上などに集落を形成する例が多く見られ、斐太遺跡も同様な特徴が見られます。斐太遺跡の規模は百両山地区に47箇所、上の平、矢代山地区に24箇所の住居跡が確認され、発見されないものも含めると200軒を超える大型集落だったことも分かっています(弥生時代後期の遺跡としては東日本最大規模)。住居は大型のもので長径8〜10m、小型のもので2m前後あり、身分や家族形態によっ大きさが異なるものと思います。斐太遺跡(101160u)は昭和52年(1977)に国指定遺跡に指定されています(平成17年:2005年に追加指定)。

斐太遺跡:写真

斐太遺跡
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斐太遺跡 斐太遺跡 斐太遺跡 斐太遺跡


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