坂本神社(南魚沼市宮)概要: 坂本神社の創建は不詳ですが平安時代の延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された坂本神社の論社で古くから信仰されてきました(式内社坂本神社は南魚沼市大倉に鎮座する坂本神社、南魚沼市田崎に鎮座する日吉神社、南魚沼市八幡に鎮座する八幡神社も論社となっています。又、当社は式内社魚沼神社の論社とする説もあります)。
度重なる火災により詳細は不詳ですがかつては坂戸城(古くは上田長尾氏の居城:国指定史跡)の城主堀直寄からの寄進状があったとされ、歴代領主からも崇敬庇護されていた事が窺えます。
その後、八海山信仰と習合し八海山(標高:1778m・越後三山・日本200名山)の遥拝所として八海神社と呼ばれるようになりかつては社殿も八海山を御神体として背になるように配されていたそうです。文政5年(1822)、吉田家(卜部氏の流れを汲む堂上家)より坂本神社としての宗源宣旨を下附された事から少なくとも江戸時代後期には式内社として意識が強かったと思われます(八海山の麓の坂の下に鎮座していた事、又は坂戸山の麓の坂の下に鎮座していた事が社号の由来になったとも)。
明治時代初頭に発令された神仏分霊と修験道廃止令などで仏式が排され、明治28年(1895)に旧社号と思われる坂本神社に復しています。現在の本殿は文化元年(1804)に再建されたもので一間社流造、銅板葺。拝殿は文久3年(1863)に建てられたもので、木造平屋建、入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、正面1間向拝付。祭神は瓊々杵尊、木花開耶姫命。
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坂本神社(南魚沼市宮):上空画像
【 参考:文献等 】
・ 越佐の神社 式内社六十三-株式会社 新潟日報事業社
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