五泉市: 中山神社

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概要・歴史・観光・見所
中山神社(五泉市)概要: 中山神社は新潟県五泉市橋田字中山戊に鎮座している神社です。中山神社の創建は延暦3年(784)に勧請されたのが始まりとされ延暦年間(782〜806年)には社領7千貫を領していました。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された中山神社の論社で古くから信仰され正和2年(1313)には覚圓が鋼鏡(4面)を献納しています。ただし、式内社中山神社には論社があり、当社の他、三条市西大崎に鎮座する中山神社、阿賀野市宮ノ下に鎮座する旦飯野神社がそれぞれ候補となっています。

中山神社は康永3年(1344)、日吉大社(滋賀県大津市坂本)の分霊を勧請合祀して以降、山王権現などと呼ばれるようになりました。歴代領主からも崇敬庇護され天文16年(1547)には護摩堂城の城主平賀爲資が社殿の改修と社領の寄進が行われ、火事で焼失後に社殿が再建されています。天文22年(1553)には上杉家家臣志田孫四郎が社殿の改修が行われ春日山城の城主上杉家の祈願所として庇護されました。

中山神社は江戸時代に入ると新発田藩(藩庁:新発田城)の藩主溝口家の崇敬社となり社領6反2歩が寄進され、慶長3年(1598)には溝口勝秀、延宝元年(1673)には溝口伊豫が参拝に訪れ、嘉永5年(1852)には社殿が造営されています。古くから神仏習合し山王権現と呼ばれていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が排され日枝神社に改称し明治5年(1872)に村社に列し明治44年(1911)に旧社号と思われる中山神社に復しています。

中山神社拝殿は入母屋、銅板葺、平入、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、向拝欄間、木鼻、蝦虹梁、本体の蟇股など精緻な彫刻、本殿は流造。境内社の天神社(祭神:少名彦名命、天穗日命)は、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された宇都良波志神社の論社で当時は旧橋田村の鶉橋に鎮座していましたが明治35年(1902)に小学校の敷地整備に伴い現在地に遷座しました。祭神:大名牟遅命。配祀:大山咋命。合祀:少名彦名命、天穗日命、建御名方命。

中山神社:写真

中山神社境内正面に設けられた大鳥居と石造社号標
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中山神社参道石畳み沿いにある石燈篭 中山神社長く険しい苔生した参道の石段 中山神社生い茂る社叢と石燈篭 中山神社境内にある大木から垣間見える拝殿と石造狛犬
中山神社拝殿向拝に施された龍と獅子の彫刻 中山神社社殿(拝殿・幣殿・本殿)右斜め前方からの全景画像 中山神社本殿覆い屋と幣殿と玉垣 中山神社境内社である神明社・諏訪社・稲荷社・八幡社・舛箕社・須賀社
中山神社境内社である天神宮 中山神社境内に流れ落ちる手水と手水鉢 中山神社拝殿外壁正面と龍が巻き付いた蝦虹梁 中山神社境内から見下ろした参道石段と大木


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