矢津八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
矢津八幡宮(五泉市)概要: 矢津八幡宮は新潟県五泉市矢津に鎮座している神社です。矢津八幡宮の創建は平安時代初期の大同2年(807)、坂上田村麻呂(征夷大将軍)が東夷東征の際、当地を訪れ戦勝祈願をする為に八幡神の分霊を勧請したのが始まりとされます。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載される長瀬神社の論社でもあり菅名荘の惣社として住民や歴代領主から崇敬庇護されました。ただし、長瀬神社の論社は加茂市宮寄上に鎮座する長瀬神社と加茂市上条に鎮座する長瀬神社があり、その両社の方が有力視されているようです。天喜5年(1057)には奥州で前九年合戦が勃発、首謀者の一人阿部貞任討伐の為、当地まで進軍した源義家が戦勝祈願を行い、見事念願成就すると感謝の意から社領と弓箭の寄進が行われています(この弓箭が地名である矢津の由来とも云われています)。当地は交通の要衝で早出川舟運の拠点でもあった為、中世はその争奪戦の兵火により度々社殿が焼失した事で衰微し江戸時代に入る直前にはかなり荒廃していたようです。

江戸時代に入ると村松藩(藩庁:村松城)の藩主堀家の崇敬社として再興され神明宮春日神社日枝神社住吉神社と共に村松藩五社(五社制度は元文4年:1739年に成立)に数えられ、特に、坂上田村麻呂と源義家が当社に係っていた事から武神として藩士(武士)、山の神、作神としてその関係者から篤く信仰され、寛文元年(1661)には2代藩主堀直吉によって社殿が造営されています。

矢津八幡宮の現在の本殿はその当時のもので、三間社流造、桁行4.27m、梁間3.72m、木羽葺、江戸時代初期の神社本殿建築の遺構として貴重な事から昭和61年(1986)に新潟県指定有形文化財に指定されています。拝殿は安政5年(1858)に造営されたもので、寄棟、鉄板葺、桁行7間、梁間4間、平入、華美な装飾が少ない質素な建物です。祭神は誉田別命。配神は息長足比売命、玉依比売命。

矢津八幡宮:本殿・拝殿・写真

矢津八幡宮
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