上越市: 親鸞上陸の地

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概要・歴史・観光・見所
親鸞上陸の地(上越市)概要: 案内板によると「 浄土真宗の開祖親鸞聖人は、はじめ比叡山で天台宗を学んだが、後に法然上人の門下に入って専修念仏(浄土宗)の信仰に帰依した。承元元年(1207)浄土宗の教えが旧来の仏教による弾圧を受け、法然に連座して京を追放された親鸞は越後は越後国府に流されることになった。聖人は、北陸道を下って木浦(能生町)から国府にいたり、この地に上陸したと伝えられている。浄土真宗の経典に「海」のつく言葉が多く見られるのは、親鸞が暮した越後国府の影響と考える説もある。4年後許されたが、親鸞はそのまま越後にとどまったとされ、当時住んだとされる「竹ノ内草庵」や「片葉の葦」などの遺跡や言い伝えが、「上陸の地」近くに多く残されている。 環境庁・新潟県 」とあります。親鸞が上越に上陸したのは承元元年(1207)3月28日、35歳の時とされ、居多神社(越後国一宮)に参拝すると国分寺(その後裔は五智国分寺とされます。場所は異なる)の竹之内草庵で約1年間過し、その後、竹ケ前草庵(現在の国府別院)に移りました。親鸞は許された後も越後で布教活動を続け建保2年(1214)に常陸国(現在の茨城県)へ渡ると「教行信証」を編纂し浄土真宗の真髄を会得しています。

親鸞上陸の地:写真

親鸞上陸の地
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