村上市: 湊神社

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概要・歴史・観光・見所
湊神社(村上市)概要: 湊神社の創建は不詳ですが、伝承によると当初はさらに岩船潟側に鎮座し、奈良時代の天平6年(734)に発生した大地震により大津波が襲い、社殿が大破、延暦年間(782〜806年)に現在地に遷座し社殿が造営されたと伝えられています。当社は平安時代の延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載された「湊神社」の論社で古くから海運や漁業関係者から信仰されてきました。鎮座地である七高山(七甲山:標高30m程度)は安元年間(1175〜1177年)、雲上佐市郎(頼仁親王:後鳥羽天皇皇子 ※同じ村上市に鎮座する一宮河内神社では何故か雲上佐市郎は後白河天皇の皇子としています)に従う7人の家臣が甲冑を奉納した故事に由来し(当地で討死しその甲冑が納められたとも)、何時しか七甲山湊神社と呼ばれるようになりました。鎮座地に近い岩船潟は海水が流れ込む水深が浅い汽水湖のような存在で幾つもの川の河口でもあり多くの船が行き交う交通の要衝で、湊神社は、これら岩船潟を利用する人達の信仰の対象だったと思われます。江戸時代に入ると村上藩(藩庁:村上城)の新田開発により岩船潟が次第に埋め立てられ現在に近い地形になりました。湊神社の拝殿は入母屋、桟瓦葺、平入、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、向拝欄間には龍、木鼻には獅子、象の彫刻が施されています。本殿は一間社切妻造、桟瓦葺き。祭神の速秋津彦神と速秋津姫神はイザナギ・イザナミとに産まれた神様で男女一対とされ水戸神として主に川の河口付近に祀られ、当社に相応しい神様と言えます。

湊神社:写真

湊神社
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