村上市: 桃川神社

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概要・歴史・観光・見所
桃川神社(村上市)概要: 桃川神社の創建は不詳ですが延長5年(927)桃川神社に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載された桃川神社の論社で古くから信仰されてきました(式内社、湊川神社の論社とする説もある)。歴代領主である桃川氏、色部氏(平林城の城主)などから崇敬庇護され社運が隆盛し境内には壮麗な社殿が建ち並んでいたそうです。慶長3年(1598)、上杉景勝が豊臣秀吉の命で春日山城新潟県上越市)から会津若松城(福島県会津若松市)120万石で移封になると家臣である色部氏も随行(出羽米沢金山城主1万石)した為、庇護者を失い以後衰微します。江戸時代後期の文化年間(1804〜1818年)、当時の村長である佐藤家が誉田別尊(八幡神)の分霊を勧請合祀し天保8年(1827)に社殿を再建した事で、八幡宮や桃川八幡社などと呼ばれていました。明治時代初頭に当初の鎮座地である桃川集落の東山から現在に遷座し、明治5年(1872)に村社に列し旧社号と思われる桃川神社に復しています。明治40年(1907)に周辺集落の鎮守社である多伎神社、大山祇神社、神明社、住吉神社、稲荷神社を合祀しています。現在の桃川神社社殿は明治41年(1908)に再建されたもので拝殿は入母屋、桟瓦葺、正面千鳥破風、平入、桁行3間、梁間2間、1間向拝付、向拝欄間には龍と波、木鼻には龍の彫刻が施されています。本殿は一間社流造、銅板葺。現在の祭神は誉田別尊一柱、記録書によっては当初は天機織姫命や神沢女命などが祀られ、明治40年(1907)の合祀後はそれぞれの祭神が祀られていたようです。

桃川神社:写真

桃川神社
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