阿賀野市: 越後府跡(継志園・天朝山)

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概要・歴史・観光・見所
越後府跡(阿賀野市)概要: 越後府は明治2年(1869)2月に新政府が市島家の別邸跡(市島家は水原の豪農であり天保8年:1837年に難民救済事業の一環として別邸(継志園又は天朝山)を建設、戊辰戦争の際は会津藩の本営となった為、戦火を浴び焼失しました。)に設置したもので7月には新潟県を合併し水原県と改めた事で事実上、現在の新潟県中央域の中心的役割をもった施設となりました。敷地内には庶務方、社寺方、会計方、営繕方、病院方などの施設があり象徴的な物見櫓が築かれました。しかし、明治3年(1870)になると水原県が廃され、再び新潟県が復活、中心は現在の新潟市に移される事になり当施設は廃止となっています。その後、越後府が役目を終えると再び市島家に返還され、昭和22年(1947)には旧水原町が買い取り町民の憩いの場所として整備され現在に至っています。越後府跡は昭和47年(1972)に新潟県指定史跡に指定されています。

現在は天朝山公園として整備され当時の図面を元に矢倉(木造2層2階、楼閣部入母屋、下層部切妻屋根下屋庇付、桟瓦葺、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、上層部袴腰付、下層部腰壁下見板張り)が復元されています。

越後府跡:写真

越後府跡
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越後府跡 越後府跡 越後府跡 越後府跡


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