新潟市: 澤海代官所(陣屋・光圓寺)

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概要・歴史・観光・見所
澤海代官所(新潟市)概要: 貞享4年(1687)、4代藩主溝口政親は澤海代官所酒豪で藩政を省みなかった等により沢海藩が廃藩。藩庁があった沢海城も廃城となり、領内は天領となり出雲崎代官所支配となりました。元禄元年(1688)、旧沢海城の一角には出雲崎代官所の出張所(陣屋)が設けられ初代竹村惣左エ門、2代設楽孫兵衛、3代馬場新右エ門、4代長谷川庄兵衛、5代鈴木八右エ門が代官職を歴任しました。宝永4年(1707)、旗本である小浜氏が6千石(後に4千石)が与えれ当地に配されると、代官所は廃止となり代わって旗本知行所屋敷が設けられました。小沢氏は初代行隆から7代鎮隆まで領主を歴任、明治維新を向かえ、知行所屋敷が廃されると明治2年(1869)に光圓寺が移ってきています。光圓寺は真宗大谷派の寺院で寛永6年(1629)に沢海に移り、明治2年(1870)に現在地に移ると明治4年(1872)に旧本堂が解体され真宗大谷派札幌別院の本堂として移築されています。近隣には溝口家の崇敬社だった沢海日枝神社や菩提寺だった大栄寺、新潟県を代表する豪農として知られた伊藤家住宅(北方文化博物館)があります。

澤海代官所:写真

澤海代官所
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