新潟市: 勝念寺

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概要・歴史・観光・見所
勝念寺(新潟市)概要: 勝念寺の創建は円広坊昵智(一乗谷城の城主朝倉孝景の重臣朝井権之進)が蓮如上人に帰依し吉崎御坊(福井県あわら市吉崎)の近くに草庵を設けたのが始まりとされます。文明6年(1474)、吉崎御坊が火災により焼失し、その後再建されましたが加賀守護職富樫氏の弾圧により蓮如上人は若狭国に逃れ、円広坊もこれを機に加賀国今湊本吉(石川県白山市)に移り明応8年(1499)に寺院を開いています。当初の寺号を不詳ですが円広和尚の代で中興しその際、勝念寺に改め、元和4年(1618)に現在地に移っています。蓮如上人縁の寺院として寺運も隆盛しました。新潟明和騒動(明和5年:1768年、長岡藩(藩庁:長岡城)が新潟町に対し過度の上納金を要求した事で、奉行所と町民が対立し大規模な打つ壊しが発生しました。奉行側が敗走した為、2ヵ月にわたり町民による自治が行われましたが、長岡藩の懐柔政策後、首謀者の1人涌井藤四郎が捕らえられ討つ首になっています。)ではその舞台となり涌井藤四郎等新潟町民が当寺で会議を行ったとされます。境内には「伏見半七」(新潟ウラジオストック間航路の開拓者)の墓碑や「市川登根」(花柳界の踊りの師匠)の墓碑、勝念寺橋の親柱などが建立されています。宗派:信州大谷派。本尊:阿弥陀如来。

勝念寺:写真

勝念寺
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