新潟市: 白山神社

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概要・歴史・観光・見所
白山神社(新潟市)概要: 白山神社は新潟県新潟市中央区一番堀通町に鎮座している神社です。白山神社の創建は戦国時代の永禄年間(1558〜1570年)と天正年間(1573〜1593年)の戦火により記録が焼失し不詳ですが延喜年間(901〜923年)か寛治年間(1087〜1094年)に加賀の白山比盗_社(石川県白山市)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に記載されている"越後国沼垂郡 船江神社"の論社で古くから信仰されてきたと思われます。ただし、船江神社の論社は多く新潟市赤塚に鎮座する神明社、新潟市古町通に鎮座する船江太神宮(神明宮)が何れも式内社船江神社の由緒を持っています。

当時の新潟市中心部の多くが湿地帯だったにも関わらず白山神社境内周辺は若干高台だった事から戦略的拠点として白山城が築かれ、門前町は多くの物資が集められた経済の中心地でもありました。上杉謙信の跡目争いである「御舘の乱」の論功交渉の不満から発生した新発田重家の乱では、白山城を巡る激しい攻防戦が行われ、上記のように兵火により境内が荒廃し、貴重な記録が記載された古文書や社宝などが焼失し、これ以前の由来等が判らなくなっています。

新発田重家の乱が終結すると春日山城(新潟県上越市)の城主上杉景勝により鏡が寄進され、正保4年(1647)には長岡藩(藩庁:長岡城)の藩主牧野氏が本殿(三間社流造)を造営しています。古くから神仏混合で別当には宝亀院が担っていましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により双方独立し大正13年(1924)に県社、昭和56年(1981)に別表神社に列しました。広大な境内は明治6年(1873)に政府から公園設置の布達があり白山公園として整備され摂社・末社全てが本殿に合祀されています。

現在の白山神社本殿は江戸時代初期の正保4年(1647)に建てられたもので三間社流造、銅板葺、外壁には精緻な彫刻が施され極彩色で彩られています。拝殿は延享4年(1747)に造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、正面1間唐破風向拝付、外壁は真壁造板張り、内部には嘉永5年(1852)に市島次郎吉正光(北蒲原の豪商)が奉納した船絵馬(井上文昌作、縦1.88m、横3.6m、北前舟の積み込み風景図)が掲げられ昭和44年(1969)に新潟県指定文化財に指定されています。神門(神社山門)は入母屋、銅板葺(元茅葺)、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門。祭神:菊理媛大神、伊邪那岐命、伊邪那美命。配祀神:天照皇大神、八幡大神。

白山神社:写真

白山神社境内正面の大鳥居と石造社号標
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白山神社参道沿いにある石鳥居と石燈篭 白山神社参道石畳みと陶製狛犬と木製燈篭 白山神社参道の石燈篭群 白山神社参道石畳みから見た神門(神社山門)
白山神社境内に設けられた手水舎と手水鉢 白山神社神門(神社山門)から見た境内 白山神社拝殿左斜め前方 白山神社神門(随身門)に接続している翼舎と回廊


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