越後北条家

  新潟県:歴史・観光・見所(ホーム)>越後北条家の菩提寺(専称寺)
【 菩提者 】 越後北条家は大江広元を祖とする氏族で、広元の4男季光が相模毛利庄を与えられ地名から毛利氏を称しました。季光は寛治元年(1247)の三浦の乱で敗北し本領を取り上げられ、跡を継いだ毛利経光は越後に移封になっています(経光の4男時親はは安芸に所領が与えられ戦国武将として知られる毛利家の祖となっています)。経光の子である時元は柏崎北条に北条城を築城し居城とし、その孫である晴良が地名から北条氏を称するようになりました(安田家が分派)。戦国時代に入ると後裔である高広は長尾為景、晴景、景虎(上杉謙信)に仕え、天文23年(1554)には甲斐の武田信玄を後ろ盾に北条城に立て籠もり景虎に反旗を翻します。乱が制圧されると再び景虎に仕え永禄6年(1563)には厩橋城(群馬県前橋市)の城主となり上野国の軍事を取り仕切る立場となりました。永禄10年(1567)に小田原北条氏に内通しましたが、永禄11年(1568)に小田原北条家と上杉家の間に同盟(越相同盟)が成立した為、再度上杉家に帰参しています。天正6年(1578)、謙信の後継者を決する「御館の乱」では上杉景虎(北条氏康の子供)に与した為、上杉景勝(謙信の甥)に攻められ、北条城が落城し武田家を頼り甲斐に落ち延びています。専称寺(柏崎市)は北条城の麓に位置する越後北条家の菩提寺で本堂背後の高台には北条時元の墓碑と伝わる宝篋印塔が残されています。

【 寺  号 】 専称寺
【 所在地 】 新潟県柏崎市北条
【 創建年 】 永仁元年(1293)
【 開  山 】 真教(一遍上人の高弟)
【 開  基 】
【 山  号 】
【 宗  派 】 時宗
【 本  尊 】 阿弥陀如来
【 備  考 】 伝:北条時元の宝篋印塔
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