長岡市: 栄涼寺

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概要・歴史・観光・見所
栄涼寺(長岡市)概要: 栄涼寺の創建は永禄年間(1558〜1570年)、栄涼寺牧野成定によって開かれたのが始まりとされます。当初は牧野家の領地だった牛久保城(愛知県豊川市)の城下町に本堂を構え光輝庵と称していましたが、その後、牧野氏が大胡城(群馬県前橋市)に移るとそれに随行し元和4年(1618)に牧野忠成が長岡城に入封すると現在地に移されています。忠成は唱空上人をもって開山とし祖父と両親の戒名から光輝山月照院栄涼寺に改称し牧野家歴代の香華院としました。栄涼寺は本妙寺、長興寺と共に歴代牧野家から帰依され家老と同等の格式が与えられ寺領100石が安堵されました。戊辰戦争の1つである北越戦争では一時新政府軍に接収され傷ついた兵士などの治療が行われましたが、長岡城奪回戦の折、長岡藩士から火をかけられ本堂他多くの建物が焼失しています。境内には12代藩主牧野忠訓、13代藩主牧野忠毅、初代長岡市長牧野忠篤の墓碑や長岡藩縁の河井継之助(長岡藩軍事総督)、三島億二郎(北越戦争で荒廃した領地の復興に尽力)、伊藤東獄(儒学者)、伊藤弘充(藩校:崇徳館の校長)、秦八郎(御金奉行、長岡藩の再興に尽力)、杉山道喜(弓術指南役)、西軍供養塔などの墓碑が建立されています。現在の栄涼寺(本堂は明治38年(1905)に再建されたもので入母屋、桟瓦葺、平入、正面3間向拝付、外壁は塗屋造、白漆喰仕上、腰壁は下見板張。

栄涼寺:写真

栄涼寺
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