長岡市: 西生寺

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概要・歴史・観光・見所
西生寺(長岡市)概要: 海雲山龍泉院西生寺は新潟県長岡市寺泊野積に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。西生寺の創建は天平5年(733)に行基菩薩(奈良時代の高僧)によって開かれたのが始まりと伝えられています。その際、行基菩薩自ら阿弥陀如来像を彫り込み、インドで鋳造された純金の阿弥陀仏(一寸八分)を胎内仏としたそうです(その後、さらに大きな阿弥陀像が製作され、行基が彫り込んだ像が胎内仏となり全部で3重構造となる仏像となっています。現在は秘仏として12年に一度御開帳されます)。当初は弥彦山中腹の清水平に建立されていましたが衰退し、久安元年(1145)に奈良興福寺住職の寿奎上人が再興し現在地に堂宇を再建しました。

正元2年(1260)には越後国に流された親鸞上人が西生寺に参籠したとされ、伝承によると信者から奉納された杖を突き刺すと不思議と先から根付き銀杏の大木になったと伝えられています。貞治2年(1363)には弘智法印が入定して即身仏になった事で信仰はさらに広まり、現存する即身仏としては日本最古とされます。弘智法印は下総国香取郡正木郷(千葉県匝瑳市大浦)出身で鈴木五郎左ェ門の次男、幼少の頃から出家して修行を重ね後年は全国を巡錫し33ケ寺を開山、晩年は即身仏になる為に聖地を探し越後国に入ると仏法僧鳥の鳴き声に導かれ、現在の西生寺の奥之院辺りを聖地と悟り、3千日の修行後に「いはさかのあるしはたそと人とはゝ墨絵にかきし松風のおと」の辞世の句を残し入定しました。

元禄2年(1689)旧暦7月4日には松尾芭蕉奥の細道の行脚の際、西生寺に参拝に訪れその時の様子が弟子で随行者である曾良の「曽良随行日記」に記載されています(松尾芭蕉は既に即身仏の存在を知っていたようで、即身仏を参拝する為に西生寺を訪れたようです)。享和3年(1803)には良寛和尚が西生寺に約半年間滞在し「題弘智法印像」の漢詩や友人である原田鵲斎の奇行(境内から寒梅の古木を盗もうとした事)を詠んだ長歌などを残しています。

歴代領主にも帰依され客殿には上杉謙信(春日山城の城主)が寄進されたという愛染明王が安置され、西生寺境内にある大銀杏は推定樹齢800年、樹高28m、幹周7.7m、平成3年(1991)に長岡市指定天然記念物に指定されています。西生寺客殿は木造平屋建て、寄棟、瓦葺き、平入、正面1間唐破風向拝付き、外壁は真壁造板張り。本堂(阿弥陀堂)は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行3間、正面1間軒唐破風向拝付き、外壁は真壁造板張り、向拝欄間には龍、木鼻には象や獅子の精緻な彫刻が施されています。越後八十八ヶ所霊場第29番(御詠歌:山水の 深き御山に 在る程に 吾れもしばしの 即身仏なり)。弘法大師越後21ヶ所霊場第21番。境内からの眺望は新潟県景勝100選(8位)に選定されています。山号:海雲山。院号:龍泉院。宗派:真言宗智山派。本尊:上品上生阿弥陀如来。

西生寺:写真

西生寺境内正面に設けられた石造山号標
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西生寺石柱山門から見た境内 西生寺参道石畳みから見た書院正面 西生寺本堂(阿弥陀堂)麓に設けられた宝物館 西生寺境内高台に建立されている本堂(阿弥陀堂)


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