弥彦神社

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創建年創建年は不詳。越後国を開発した「伊夜比古神」を弥彦山の山頂に奉祭。
祭  神天香山命
格  式式内社(名神大)・ 越後国一宮・旧国幣中社・別表神社
文化財 十柱神社(元禄7年、長岡藩主牧野氏寄進、入母屋、茅葺屋根、妻入、桁行3間、梁間3間、国指定)
志田大太刀(附:革鐔、応永22年、刀工家盛作、刃渡り220.4p、無類の宝刀、国指定重要文化財)
鉄仏餉鉢(嘉暦元年、高さ34.3p、口径59p、縁厚約1.2p、相次郎孝基奉納、国指定重要文化財)
弥彦神社燈篭おしと舞楽(燈篭神事、大々神楽、小神楽、神歌楽天犬舞、国指定無形民俗文化財)
砧青磁袴腰大香炉(南宋時代、高さ5寸、口径6寸5分、竜泉窯焼成、松平忠輝奉納−県指定文化財)
大太刀(拵共、天保14年、三家正吉作、刀長7尺4寸、中心3尺1寸、新潟県指定文化財)
鏡鞍(附:壷鐙、平安時代、伝:天喜5年の前九年の役の際源義家が奉納、新潟県指定文化財)
上杉輝虎(謙信)祈願文(永禄7年、関東、信濃、越中出兵の正当性と神助、新潟県指定文化財)
古文書(1235点、鎌倉時代〜江戸時代、新潟県指定文化財)
社殿(25件、大正5年、東京帝国大学教授伊東忠太工学博士が設計、国登録有形文化財)
神  事例祭:2月2日
場  所新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦
備  考弥彦神社は何時頃から祀られているのかは不詳ですが、奈良時代に成立した「古事記」に記載された「高倉下」とは祭神の天香山命の事とされます。ただし、当初の祭神は「伊夜比古神」と呼ばれ、地域を開発し高度の技術を住民に与えたとして信仰の対象となり、弥彦山の山頂に祀られた伝えられています。奈良時代に成立した「万葉集」には「伊夜比古」と読まれた歌が2首掲載されている事からも、奈良時代には既に弥彦神社は存在し、朝廷にも知られる程の名社だった事が窺えます。格式が高く続日本後紀や続日本紀、日本三代実録に名を刻み、延喜式神名帳には越後国唯一の名神大社として記載されました。歴代領主や為政者から崇敬庇護され、源義家(源氏頭領)や上杉謙信(越後守護、関東管領、春日山城の城主)、松平忠輝(高田藩主高田城の城主)などが社領の寄進や社宝の奉納などを随時行いました。明治時代以降は国幣中社に格付けされています。
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